Loggins & Messina - 50's~80's Pops&Rock Bar Tears Drop

Loggins & Messina 「Best」

 

日本でも大ヒットした名曲「ママはダンスを踊らない」の二人組。

 

ロギンスことケニー・ロギンスとメッシーナことジム・メッシーナは意気投合し、ロギンス&メッシーナとして1972年にデビュー。

 

通算9枚のアルバムを発表。「プー横丁の家」、「ダニーの歌」、「ママはダンスを踊らない」等の大ヒット曲がありますが、1976年に解散。

 

ケニー・ロギンスは、作曲家としても有名で、1971年にニッティ・グリッティ・ダートバンドの「プー横丁の家」をさせています。

 

また、カナダの女性歌手アン・マレーの「ダニーの歌」や「愛の歌」で全米No.1を記録。

 

メッシーナとのコンビ解消後、1977年からソロ活動を開始し、1978年スティーヴィー・ニックス(後のフリート・ウッド・マック)と共演した「二人の誓い」が大ヒットした。

 

また、ドゥービー・ブラザーズのマイケル・マクドナルドと共作した「What A Fool Believes/邦題:ある愚か者の場合」がグラミー賞を受賞。

 

1984年には映画「フットルース」の主題歌が全米1位に、1986年には映画「トップガン」の主題歌「デンジャー・ゾーン」が全米第2位を記録。

 

余談だけど「デンジャー・ゾーン」は同年に近藤真彦出演の「日産・マーチスーパーターボ」のCM曲にもなりましたね。

 

で、1985年のUSAフォー・アフリカ「ウィー・アー・ザ・ワールド」にも参加し、2小節リードボーカルをとっています。

 

ジム・メッシーナは音楽スタジオでエンジニアの仕事をしていたんだけど、1968年ニール・ヤングに頼まれレコーディングエンジニアとしてバッファロー・スプリングフィールド(後述BSF)の参加。

 

その後ベースとしてメンバーに入るが、BSFはすぐに解散。

 

BSFのメンバーだったリッチー・フューレイやランディ・マイズナーらとPOCOを結成。

 

1970年にロギンス&メッシーナ結成の為に脱退。プロデューサーとして契約したCBSの最初の仕事が、このケニーロギンスの1STアルバムだった。

 

2005年にロギンス&メッシーナを再結成して、全米コンサートツアーを行ったらしいですね。

 

ところで、このPOCOBSF同様に凄いメンバーがたくさんいたんです。

 

ジム・メッシーナの他に後のフリート・ウッド・マックのリッチー・フューレイ、後のイーグルスのランディー・マイズナーやティモシー・シュミットなど。

 

このPOCOも後日ご紹介しますね。

 

写真は、ロギンス&メッシーナのBEST盤です。

 

当然かもしれないけど、歴史に残るバンドには本当に才能あるアーチストがいますね。

 

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