現在の認定セールスでQueenのアルバムとシングルのセールスは3億枚を超え、「世界で最も売れたアーティスト」で世界第5位となっています。
●Queen 「1st/邦題:戦慄の王女」
1973年発表の1stアルバム。
このアルバムからは、「炎のロックンロール」と「ライアー」がシングルカット。
発表当時、イギリスの音楽評論家やメディアからは、「音の加工(エフェクト)が多く曲構成も複雑」、「最後まで全然ハマらなかった」、「オリジナリティに欠ける」と酷評。
そのため、シングル「炎のロックン・ロール」及びアルバムはチャート入りせず。
しかし、2ndアルバム「Queen II」発表後にチャート入りしています。
UK国内の評判に反し、アメリカや日本での評価は比較的高かった。
個人的にはこのアルバムが結構好きで、お店でたまにかけています。
UKアルバムチャートで24位、USAビルボード・アルバムチャートで83位。
世界総売り上げ約400万枚。
●「Queen II」
1974年発表の2ndアルバム。
UKでの評価は相変わらずだったが、シングル曲「輝ける7つの海」がヒット。
アルバムもUKで5位、USAで49位を記録するヒット作となった。
世界総売り上げ約300万枚。
このアルバムがきっかけに、Queenは世界的にブレイクする。
●「Sheer Heart Attack/邦題:シアー・ハート・アタック」
1974年発表の3rdアルバム。
このアルバムから「Killer Queen」、「フリック・オブ・ザ・リスト」、「ナウ・アイム・ヒア」の3枚がシングルカット。
「Killer Queen」は、USAビルボード・シングルチャートで12位を記録。
初めてアメリカで受け入れられたアルバム。
UKアルバムチャートで2位、USAビルボード・アルバムチャートで12位、日本で23位を記録。
世界総売り上げ約800万枚。
このアルバム発表後、1975年2月にKANSA、STYXらの前座としてアメリカツアーを開始。ツアーは各地で大盛況となった。
余談ですが、「Killer Queen」の歌詞に出てくる 「gunpowder gelatine」という言葉が、「がんばれ田淵」と聞こえるとタモリ倶楽部の「空耳アワー」のコーナーで紹介されています。
●「A Night at the Opera/邦題:オペラ座の夜」
1975年発表の4thアルバム。
このアルバムから「「Bohemian Rhapsody/ボヘミアン・ラプソディ」、「You're My Best Friend」、「Love Of My Life」の3枚がシングルカットされています。
「Bohemian Rhapsody」は、UKチャートで9週間連続1位を記録。
USAビルボード・シングルチャートでも最高位第9位を獲得。
ビルボード誌1976年年間ランキングは第18位に。
ローリング・ストーン誌の選ぶ「オールタイム・グレイテスト・ソング500」では163位。
同曲はQueenの代表曲となり、1977年2つのグラミー賞(コーラスのベスト・ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス、声のベスト・アレンジ)を受賞しています。
2枚目シングル「You're My Best Friend/邦題:マイ・ベスト・フレンド」もUSAビルボード・シングルチャートで第16位を記録。
アルバムの世界総売り上げ数は約1000万枚。
「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・ベストアルバム500」に於いて、231位にランクインしています。
因みに、「Bohemian Rhapsody」は、2002年に実施されたギネス・ワールド・レコーズ社が31,000人以上から取った「英国史上最高のシングル曲は?」というアンケートで、「イマジン」や「ヘイ・ジュード」「イエスタディ」を抑えてNo.1位輝き、授賞式にはロジャーとブライアンが出席。
●「A Day at the Races/邦題:華麗なるレース」
1976年発表の5枚目のアルバム。
このアルバムからは、「Somebody To Love/邦題:愛にすべてを」、「タイ・ユア・マザー・ダウン」、「手をとりあって」、「ロング・アウェイ」、「懐かしのラヴァー・ボーイ」の5枚がシングルカット。
「Somebody To Love/邦題:愛にすべてを」は、UKシングルチャートで2位に、USAビルボード・シングルチャートで13位を記録。
「Good Old-Fashioned Lover Boy/邦題:懐かしのラヴァー・ボーイ」は、UKで17位を記録。
アルバムは、UKで1位、 USAで5位を記録。
アルバムの世界総売り上げは、約800万枚。
フレディ・マーキュリー追悼コンサートでジョージ・マイケルが歌った「Somebody To Love/邦題:愛にすべてを」が「見事なカヴァー」と評判になり、ジョージ・マイケルがボーカルとする新生クイーンが生まれるのではないかという噂さが流れました。
●「News of the World/邦題:世界に捧ぐ」
1977年に発表された6枚目のアルバム。
このアルバムからは、スポーツ番組のBGMとして定番になっている「We Will Rock You」と「We Are the Champions/邦題:伝説のチャンピオン」が大ヒット。
「We Will Rock You」は、フランスで12週連続1位となり、13週目には「We Are the Champions」が1位を記録。
また、「Spread Your Wings/邦題:永遠の翼」もUKで34位を記録しています。
アルバムは、UKで4位、USAで3位を記録。
アルバムの世界総売り上げは、約1300万枚。
このアルバム発表後、1978年に開催されたヨーロッパ9カ国でツアーは大成功を収めたそうです。
余談ですが、2011年に行われた英ゴールドスミス大学の研究チームの音楽心理分析学の観点から、「We Are the Champions/伝説のチャンピオン」は「ポップ・ミュージック史上最もキャッチーな曲」という研究結果を発表しています。
同研究チームの実験では、一緒に口ずさみたくなるようなヒット曲は総じて次のような要素を持っているそうです。
(1) 長くて起伏も細やかなフレーズを含んでいること。
(2) 曲のフックとなるところではピッチが高低に急激に変化すること。
(3) ボーカルは男性であること。
(4) 男性ボーカルが高音部で特徴的なボーカルを聴かせること。
この4要素を最もよく兼ね備えた曲の第1位は「We Are the Champions/伝説のチャンピオン」、2位がヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」、3位がヨーロッパの「ファイナル・カウントダウン」、4位がジ・オートマティックの「モンスター」だそうです。
●「Jazz/邦題:ジャズ」
1978年発表の7枚目のアルバム。
このアルバムからは、「バイシクル・レース」、「ファット・ボトムド・ガールズ」、「ドント・ストップ・ミー・ナウ」、「ジェラシー」、「ムスターファ」の5枚シングルカット。
シングル「バイシクル・レース」のポスターとプロモーションヴィデオは、全裸の女性が自転車レースをするというもので、本国では物議をかもしたとか・・・。
その影響でこのアルバムの発売直後にはマスコミは一斉にクイーンを批判しましたが、アルバムはUKで2位の大ヒット。
シングル「Don't Stop Me Now」は、UKで9位、オランダで14位を記録。
アルバムもUSAビルボーで1980年2月23日に、週間ランキング第1位を獲得。
ビルボード誌1980年年間ランキングは第6位。
その他各国でヒットしチャートしています。
世界総売り上げ800万枚
このアルバム発売と同年、クイーンはカナダを皮切りに北米ツアーを開催。マーキュリーはステージに上半身ヌード姿で自転車に乗って登場したそうです。
●「The Game/邦題:ザ・ゲーム」
1980年発表の8枚目のアルバム。
このアルバムからシングルカットされた「Crazy Little Thing Called Love」、「Another One Bites the Dust」の2曲がUKで1位に輝き、USAビルボードでも1位に輝き全世界で大成功を収めました。
ディーコン作の「Another One Bites the Dust」は、アメリカでシングルセールス200万枚を超え、ブラックミュージック・チャートでも3週連続で2位を記録しグループにおける最大のヒット曲となった。
余談ですが、この曲は当時接触のあったマイケル・ジャクソンに提供した楽曲だったそうですが、マイケル自身から「ぜひクイーン自身が歌うべきだ」と強く薦められ、大ヒットしたとの逸話があるそうです。
アルバムは、UKで1位、USAで1位を記録。
世界総売り上げ1000万枚
●「Hot Space/ホット・スペース」
1982年発表の10枚目のアルバム。
このアルバムからシングカットされた「アンダー・プレッシャー」は、イギリスやアルゼンチンで1位を獲得するなど世界的にヒットした。
「ステイング・パワー」は、雑誌「ミュージックライフ」の読者アンケートによって日本だけでA面としてシングルカットされた。
シングル「Back Chat/バック・チャット」は、UKシングルチャートで40位。
アルバムは、UKで4位、USAで22位を記録。
世界総売り上げ500万枚。
このアルバム後、メンバーが不仲となり、1983年にバンドは小休止。
各自ソロ活動に専念。
●「The Works/ザ・ワークス」
1984年発表の11枚目のアルバム。
このアルバムから4枚シングルカットされています。
まず、ロジャー作曲の「RADIO GA GA」は、UKで2位、USAで16位を記録。
その他19カ国で第1位を獲得する世界的大ヒットとなり、ロジャー初のシングルヒット作。
日本でもお馴染みのレディー・ガガの芸名の由来は、「RADIO GA GA」からです。
「I Want to Break Free/自由への旅立ち」は、UKで最高3位を記録、南米など当時圧政下に置かれ苦しんでいた人々の間では自由への賛歌として人気が高かったそうです。
4枚目のシングル「Hammer To Fall/ハマー・トゥ・フォール」は、UKで12位を獲得するなど、ヨーロッパを中心にヒット。
アルバムは、UKで2位、USAで23位を記録。
世界総売り上げ900万枚。
●「A Kind of Magic/カインド・オブ・マジック」
1986年発表の第12作目のアルバム。
シングルカットされた「One Vision/ひとつだけの世界」は、映画『アイアン・イーグル』の主題歌としても使用され、本国イギリスをはじめ、スイスやドイツなどの国でもチャートイン。
2枚目のシングルカットされた「Pain Is So Close to Pleasure/喜びへの道」は、オランダのチャートで43位を獲得。
「A Kind of Magic」は、UKで3位に。
その他欧米諸国でも軒並み10位以内の好成績を収めた。
「Friends Will Be Friends/心の絆」は、UKで14位を記録。
「Princes of the Universe」は、映画「ハイランダー 悪魔の戦士」(見てないけど・・・)のサウンドトラックとして書かれたそうです。
アルバム自体は、UKで1位に輝きましたが、USAでは46位。
世界総売り上げ1300万枚。
このアルバム発表後の「マジック・ツアー」では、ヨーロッパ諸国の全26公演で100万人以上の観客を動員。
中でもウェンブリー・スタジアムで行われたコンサートは2日間で15万人の観客動員を記録するなど、Queenのツアー史上最大の成功を収めています。
しかし、Queenの4人が揃ってツアーを行ったのはこれが最後となり、その後個々のソロ活動に入ります。
●「Innuendo/イニュエンドウ」
1991年発表の14作目のアルバムでフレディ最後のスタジオアルバム。
本国イギリスでは、「イニュエンドウ」、「狂気への序曲」、「ヘッドロング」、「輝ける日々」、「ショウ・マスト・ゴー・オン」の5曲がこのアルバムからシングルカットされ、すべてチャートの上位に。
「Innuendo」は、全英1位、オランダで4位、ドイツで5位を獲得するなど、ヨーロッパを中心に大ヒット。
「The Show Must Go On」は、UKチャートで16位、フランスチャートで2位に入るなどヒット。
ブライアン・メイは、この曲をフレディ生涯最高のうちの一つだったと評価しています。
アルバム自体もUKチャートにおいて初登場1位を記録、USAで30位。
世界総売り上げ1100万枚
この頃すでにフレディ・マーキュリーの体は病魔に犯されており、全曲鬼気迫る迫力あるアルバムとなっています。
しかし、このアルバム発表の10か月後にフレディは帰らぬ人となります。
●「Live Killers/ライヴ・キラーズ」
1979年発表の初LIVE盤。
1979年の欧州ツアーライブの音源をまとめたLIVE盤。
2枚組のカラー盤(緑と赤)。
絶頂期のQueenらしく、全曲全疾走・・・、凄いです!
アルバムは、UKで3位、USAで16位を記録。
世界総売り上げ700万枚。
●「GREATEST HITS」
1981年発表のQueen初Best盤。
収録曲は、1stアルバム「戦慄の王女」から「フラッシュ・ゴードン」までですが、このベスト・アルバムに先立って発売された先行シングル「アンダー・プレッシャー」まで収録されています。
このアルバムは、UKアルバムチャートで1位、USAビルボード・アルバムチャートで11位、日本で9位を記録。
世界総売り上げ枚数は全世界で約2,500万枚。
英国で600万枚超え、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」やオアシスの「モーニング・グローリー」などを抑えて英国史上最も売れたアルバムとなっています。