当時、横浜の映画館では一番大きかった横浜ピヵデリー。
その頃はとても貧乏でね、映画館に行くなんて・・・・何と贅沢な・・・と、考えていました。
もちろん洋画なんて・・・。
でも、どうしても観たくってね、無理を言って母と一緒に観に行ったのです。
この映画で「ミュージカル映画」を知ったし、こんなすごい映画を作るアメリカってなんて素晴らしんだろう、何て凄いんだろう・・・・と、一気に洋画ファンに。
その後は、ジョージ・キューカー監督・オードリー・ヘプバーンとレックス・ハリソン主演の「マイ・フェア・レディ」、ロバート・スチーブンソン監督・ジュリー・アンドリュース主演の「メリー・ポピンズ」、ロバート・ワイズ監督・ジュリー・アンドリュース主演の「サウンド・オブ・ミュージック」等など・・・。
素晴らしい映画が、日本に続々と上陸。
これらの映画を皮切りに洋画がますます好きになり、当ブログでも何度か書いていますが、高校性時代には金沢八景シネマ(3流館?)の3本立てを毎週土曜日弁当持ち込みで通ってしまいます。
そこでは、1952年の「雨に唄えば」、1956年の「王様と私」(この映画でユル・ブリンナーを知り大ファンに)、1958年の「南太平洋物語」、1968年の「チキ・チキ・バン・バン」等のミュージカル映画、ワイズ・ミューラーの「ターザン」、ジョン・ウエインの「アラモ」(初演は東劇でみています)やその他の西部劇、ソフィア・ローレンの「ひまわり」・・・・・・。
大学に入ってからは、池袋文芸座、飯田橋佳作座、早稲田松竹、銀座並木座等。
当時の映画館は、今と違って入れ替え制ではないので一度入場すれば何回でも見れました。
どんな映画も最低2回は観ています。
で、「ウエスト・サイド・ストーリー」にもどりますが・・・・、当時13歳の僕は、映画を見てもその中に込められた監督の思いを汲み取ることなんかできるはずもないですよね。
先日のスピルバーグ監督インタビュー記で「これは今の時代の映画だ。舞台は1957年だが今日的な価値が余りにもある」、「移民と差別、人種間の対立など、今日のアメリカが抱える問題」、その他にも「トランスジェンダーの問題も」含んでいる(2/11付の朝日新聞記事)と。
いろいろと考えさせられることが多いのですが・・・、でも、僕には「ハリウッド映画は最高!」でいいと思っています。
この映画を見ながら当時の思い出が・・・・・。
カッコ良いジェット団のジョージ・チャキリスに憧れた同級生のH君(確か医者の息子でお金持ち)は、毎日指を鳴らしながら学校の廊下を歩いていたし・・・。
チャキリスは手首に皮を巻いているのですが、それもカッコよくってね。
でも、そんな皮がどこに売っているのか知らないので、友達からもらった毛糸のものを手首に・・・。
そしたら汗疹が出来てね・・・、その痒さに閉口したのも思い出しました。
余談が多すぎました。
エンタテイメントは楽しめばいいんです。
心から楽しめる映画・素晴らしい映画なので、ご興味のある方は是非是非見てくださね。
ミュージカル映画なので音楽ももちろん素晴らしい❣
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