4月に大学時代からの友がご来店。
「先日、久しぶりに大学に行ってきたよ」という彼の話を聞き、無性に懐かしくなりこの連休を利用し妻と一緒に行ってきました。
サラリーマン時代、仕事の関係で早稲田方面に数回行ったことがあるけど、母校・文学部に足を踏み入れるのは卒業してから初めて。
約半世紀ぶりの母校です。
当時は、京浜富岡に住んでいましたので、京浜富岡から京浜急行で横浜駅に出、東海道・横須賀線で東京駅に。
東京から大手町まで歩き、大手町から東西線で早稲田に。
1時間目の語学が確か8時30分くらいからだったので通うのが大変だったのを思い出しながら、川崎から出発。
まず、早稲田駅から一番近い酒屋「KOKURAYA」へ。
この酒屋は、とても有名なんですよ。
昔は「小倉屋」といい、講談「高田馬場場の決闘」で有名な中山安兵衛が助太刀に向かう途中で立ち寄った酒屋。
中山安兵衛はその後、赤穂藩の堀部弥兵衛(ほりべ やへえ)の養子となり赤穂藩士の堀部安兵衛となります。
「小倉屋」は、江戸時代から300年以上続く老舗で、安兵衛が使用した「升」は現在の店主が保管しているそうです。
時代劇大好きな妻は、嬉しそう・・・・。
次に向かったのが懐かしの文学部。
残念なことにスロープ右側の結構広いスペースもその先にあった体育館も工事中。
見た目もすっかり変わってしまっていますが、1年の時に使用した教室はそのままでした。
文学部の正門の前には、康平年間八幡太郎義家が奥州の乱を夷げ凱旋の途に創祀した穴八幡宮があります。
この穴八幡宮の境内で、貧乏学生の五木寛之が寝泊まりしていたという話があります。
穴八幡宮の斜め前にあるのが、蕎麦屋「三朝庵」。
この「三朝庵」は、大隈重信が命名。
「元大隈家御用」とか「元近衛騎兵連隊御用」という看板にちょっぴり威厳が漂う江戸創業の老舗蕎麦屋で「カツ丼」や「カレーうどん」発祥の地と言われています。
バス通りを抜けて本部へ。
大隈講堂、大隈重信銅像、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、各学部などを見て回りました。
残念ながら連休中で大隈庭園には入れませんでしたが、庭園の側に「リーガロイヤルホテル東京」というでかいホテルが建っているのにビックリ!
文学部も本部も一切立看が無く、とてもきれいでした・・・・が、何となく寂しい・・・・。
よく通っていた喫茶店、タンメンと餃子が美味しい中華屋さん、文学部のスロープをUターンして遊んだ雀荘、古本屋なのに新刊本が1割引きで買える「文献堂」等々、すべて無くなっていました。
約半世紀も経つと変わるものですね。
ちょっと浦島太郎的な感じもありましたが、今回歴史好きの妻と一緒に行って良かったと思います。
この先、何時行けるか分かりませんし、今回が最期になるかもしれません。
本当にいい思い出作りになりました。
皆様もできれば10年単位で母校訪問なさった方が良いですよ!
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