京浜富岡での夢の子供部屋。
この子供部屋で過ごした数年間という時間は、自我形成の上でとても重要であった感がします。
当時、興味と言えば、釣り、読書、音楽だけ。
ファッションとか女の子には全く興味がなくってね・・・・。
どこに行くにも学生服で、後は母が買ってきた洋服だけ。
女の子に関しては、興味がなかったというよりは・・・・・、モテなかった、というのが本音。
気候が良くなると日曜日には釣りを、平日は本とラジオの生活。
本は昔から好きでネ、小学生時代に読んだ「少年少女世界文学全集」の延長で各社の文庫本を手当たり次第読み漁っていました。
漫画も大好きでね、1959年に創刊された少年サンデーと少年マガジンを毎週購入。
中学生になって初めて月500円のお小遣いをもらうようになった時は、狂気乱舞しましたね。
この金額が多いのか少ないのか判断しかねたけど、これまで自分のお金なんか持ったことはないし、誰にも相談せずにモノが買えるんだから・・・、こんな嬉しいことはなかったね!
岩波文庫の★1つが50円、少年サンデー・マガジンが30円の時代。
漫画2冊計60円×月4回で240円、文庫本月2~3冊で100~200円程度。
本購入だけでお小遣いはほとんど手元に残りませんが、”自分で買える”という行為が嬉しかったね!
小遣いが無くなると、後はラジオ聞きまくりの生活だったけど、毎日が満ちたりていたな~。
学校から帰宅後、すぐに自室に籠り本を読みながら惰眠を貪る。
夕食後も直に自室に戻りラジオを聞きだす。
勉強していたふりをして、夜11時ごろに好い子ブリッコ子で「オヤスミナサイ」と両親に言ってから、再度好きな本を読みながらイヤフォーンでラジオ。
気が付けば、夜が白々と明け始め、慌てて寝る。
こんな毎日じゃ、勉強なんかしてる暇がないよね。
当然、成績の定位置は学年ワースト3。
そのため、母親がよく学校に呼び出されていたらしいけど、「勉強しなさい!」という言葉を聞いたことがない。
改めて、母に心から感謝!
勉強ができず、成績が悪くてもね、人間いつかは真剣になるもんですネ。
「愚息、不肖の子、このタコ!」と言われ続けても、気が付けば定年退職できるくらい社会の中で生き続けられたんだからね。
ダメな子はダメなりに自分で考えて行動をするもんですネ!
1960年にラジオから流れていた代表的なヒット曲です。
・悲しきインディアン/ジョニー・プレストン
・本命はお前だ/エルヴィス・プレスリー
・恋には弱いの/コニー・フランシス
・ビキニスタイルのお嬢さん/ブライアン・ハイランド
・イッツ・ナウ・オア・ネバー/エルヴィス・プレスリー
・ザ・ツイスト/チャビー・チェッカー
・ラストダンスは私に/ドリフターズ
・わが心のジョージア/レイ・チャールズ
・グリーン・フィールズ/ブラザーズ・フォー
・オンリー・ザ・ロンリー/ロイ・オービソン
・ポエトリー・イン/モーション/ジョニー・ティロットソン
・グッド・タイミング/ジミー・ジョーンズ
・急がば回れ/ヴェンチャーズ ‥など
次回は、順次曲の紹介をしていきますからね!
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