本日ご紹介するのは、イギリスのロック・バンド スペンサー・ディヴィス・グループ(以下SDG)です。
正式な活動期間は、1965年から1967年の約2年間。
2枚目のシングル「キープ・オン・ランニング」は、1966年1月14日号のニュー・ミュージックエクスプレス誌でビートルズの「デイ・トゥリッパー」に変わり1位になり、同じくビートルズの「ミッシェル」が1位になるまで3週間1位に君臨し、ミリオンセラーに。
続いて3枚目のシングル「サムバディ・ヘルプ・ミー」もNME誌トップ30で第1位に。
その他「ギミ・サム・ラヴィン」、「アイム・ア・マン」を全米TOP10ヒットに送り込んだ凄いバンドなんです。
と、淡々に書いてきたけど、このバンドの凄さは、こんなもんじゃない。
このバンドから天才を輩出したんです。
そうなんです。バンド名にもなっているスペンサー・デイヴィス!
じゃなくってスティーヴ・ウィンウッド。
SDGにあのスティーヴ・ウィンウッドがいたんです。
この時、彼は若干16歳。
そのヴォーカル、キーボード、ギター、ハープとすべてにおいて天才振りを発揮。
ソウルフルな歌声で天才の名をほしいままにしていました。
どのくらい凄いかというと・・・・
ビートルズのリンゴ・スターは「アメリカの黒人グループと勘違い」。
ツェッペリン以前のグループに在籍していたロバート・プラントは、「本当のホワイト・ブルース・シンガー」と賞賛。
ヤードバーズのエリック・クラプトンは「リード・ヴォーカルに熱望した」というから凄い!!
こんな天才が一つのグループにいられるわけが無い。
彼は1967年にグループを脱退し、あのトラフィックをディヴ・メイソン等とともにを結成します。
その後の活躍は皆さんがご存知のとおりです。
可哀相なのはSDGです。1967年にスティーヴとマフのをウィンウッド兄弟が脱退すると、バンドの活動は行き詰まってしまい、実質上解散。
写真は、スティーヴ・ウィンウッドが16歳の時に参加したブリティッシュR&B界を代表するSDGのベスト盤です。
メンバーはスペンサー・デイヴィス(G&Vo)、スティーヴィー・ウィンウッド(Vo,Key,G)、マフ・ウィンウッド(B)、ピート・ヨーク(Dr)。
ブルースの影響を受けた黒いグルーヴィ感は、当時、多くのバンドの手本となったそうです。
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